キンモクセイの何か

ブログに書くほどのことではありませんが、日々起こったことや思うことをつらつらと

2019年2月3日デボーション

※ハイクに投稿したものと同じ文章です。

 

今朝読んだ箇所から↓

ときに神はヤコブに言われた、「あなたは立ってベテルに上り、そこに住んで、あなたがさきに兄エサウの顔を避けてのがれる時、あなたに現れた神に祭壇を造りなさい」。ヤコブは、その家族および共にいるすべての者に言った、「あなたがたのうちにある異なる神々を捨て、身を清めて着物を着替えなさい。われわれは立ってベテルに上り、その所でわたしの苦難の日にわたしにこたえ、かつわたしの行く道で共におられた神に祭壇を造ろう」。そこで彼らは持っている異なる神々と、耳につけている耳輪をことごとくヤコブに与えたので、ヤコブはこれをシケムのほとりにあるテレビンの木の下に埋めた。そして彼らは、いで立ったが、大いなる恐れが周囲の町々に起ったので、ヤコブの子らのあとを追う者はなかった。

創世記 35:1-5

ヤコブヤコブと共に居た人々がそれまでの信仰を捨て新たな祭壇を作る姿を見て、他の人々は恐れを抱いたみたいです。

ヤコブたちはベテルに着き、神様の言葉通りに祭壇を築きました。

時にリベカのうばデボラが死んで、ベテルのしもの、かしの木の下に葬られた。これによってその木の名をアロン・バクテと呼ばれた。

創世記 35:8

あら、リベカの乳母、デボラが亡くなってしまいました。

こうして彼らはベテルを立ったが、エフラタに行き着くまでに、なお隔たりのある所でラケルは産気づき、その産は重かった。その難産に当って、産婆は彼女に言った、「心配することはありません。今度も男の子です」。彼女は死にのぞみ、魂の去ろうとする時、子の名をベノニと呼んだ。しかし、父はこれをベニヤミンと名づけた。ラケルは死んでエフラタ、すなわちベツレヘムの道に葬られた。

創世記 35:16-19

ラケルも亡くなってしまいました。旅の中で家族を失っていくヤコブはどれほど悲しんだだろう。
ところで、ベツレヘムというと、イエスが生まれたところですね。

イスラエルはまた、いで立ってミグダル・エダルの向こうに天幕を張った。イスラエルがその地に住んでいた時、ルベンは父のそばめビルハのところへ行って、これと寝た。イスラエルはこれを聞いた。さてヤコブの子らは十二人であった。

創世記 35:21-22

ルベンなにやってるの(´・ω・`)

ヤコブはキリアテ・アルバ、すなわちヘブロンのマムレにいる父イサクのもとへ行った。ここはアブラハムとイサクとが寄留した所である。イサクの年は百八十歳であった。イサクは年老い、日満ちて息絶え、死んで、その民に加えられた。その子エサウヤコブとは、これを葬った。

創世記 35:27-29

イサクが亡くなってしまいました。
「死んで、その民に加えられた」というのは、神の民として天国にいるということでしょうか。
ヤコブと共に祭壇を作るために旅立ったデボラとラケルも天国に迎えられたのかしら。